紫煙に燻る貴方 


「あれ、船長。煙草吸うんですか?」


 夜半、急に目が覚めて眠れそうになかったからホットミルクを作ろうとキッチンに入ると甲板に人影が見え。
 それがどうも煙草を吸う仕草に見えたからこの船に喫煙者などいただろうかと警戒しながら甲板に出てきたのがついさっき。

「……たまにな」

 罰が悪そうにぐしゃり、煙草を潰す船長の隣に立つ。普段とは違い、煙草の匂いが混じる船長に心がザワついた。まるで、船長が船長でないような、隣にいるのに遠くにいるような。

「別に、吸ってもいいですよ」
「医者にそれを言うのか」
「海賊でもありますよ」

 ニッと笑って見せると船長は暫く押し黙ってから煙草をジーンズのポケットから取り出し緩慢な動作で火をつけた。海風に吹かれ、煙が流れていく。煙を目で追うと、ふいに船長が私の目元を拭った。

「……どうしたんですか。船長、なんか変ですよ」
「……そうだな」

 ふーっと煙を吐き出して、不味いと呟く船長が離れてしまわないよう袖を握りしめた。

「……お前らは、どこにも行くな」
「ここ以外、居場所なんてありませんよ」

 泣きそうな船長は、今誰を見ているんだろう。船長が海に落とした煙草は波に揉まれて消えた。


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